ゆうこのゆるゆる通信

おとぼけ天然キャラ(*^_^*)箏奏者・福田優子の周りで起こる、日々諸々のこと

箏二重奏ソナタ

更新が滞っておりました。
何せ、中旬の一恵先生のレッスンまでに仕上げないといけない曲があったもので…
しかしとうとうレッスン日までに弾けるようにならず、気持ち良く玉砕いたしました。

小野衛先生の代表作に「箏の為の二重奏ソナタ」があります。

昨年末に一恵先生から電話がかかってきました。そして、
「○○さんがソナタやるから、貴女悪いけど合奏相手してあげて」
と、親子ほど歳上の姉弟子の合奏相手に指名されました。
70代を超えると引退してしまうお弟子さんも多く、一緒に超絶技巧系の曲を合奏する相手がなかなかいないそうです。

実は私もやったことがなく願ったり叶ったりなので、弾いたことがないのを内緒にしてお引き受けし、練習を始めました。
ところが、想像を遥かに超える難しさでいつまで立っても譜読みレベルから抜け出せません。
合奏練習日まで到底間に合いません。

困った!どうしよう!
と言うタイミングでまた一恵先生から電話がかかって来ました。
そこで
「すみません先生、実はやった事がないのでチャンスだと思って受けたのですが全く弾けません。レッスンをお願いしたいのですが…」
と白状すると

「そう思って貴女に頼んだのよ」

という恐ろしいお返事が返って来ました。
なんと、先生は私がやった事がないのをご存知でした。それで敢えて私を指名したようです。

なんとありがたい事でしょう!

私はもうすぐ50歳で、普通なら見捨てられてもおかしくない年齢です。隙あらば怠けてしまう私の性格を熟知し、尻を叩いて教育しようと思って頂ける事に感動しました。

さて作品について話を戻すと、1章の難しさは何と言っても極端に掛け押しが多い事があげられます。
掛け押しとは、二つの弦を同時にまたは順番に押して音高を上げる奏法です。

冒頭に指定された調弦の場合、掛け押しが極端に増えます。
小野先生の直筆譜では2音ずつスラーが付いていてなめらかに弾くよう指定されています。
この調弦の十を一音下げるだけで掛け押しがかなり減り楽になります。
試しに楽な方でやると、音程は正確になるのですが柔らかさが消えると感じました。
小野先生ほどになると、同音でも開放弦と押手は音色が違う事は意識されている筈です。

やはり楽譜通りが良いかと思いレッスンに持って行くと、
「私達は調弦を変えたけどね。楽譜通りにやりたいならもっときっちり」
と至極当然の事を言われました。弾けていないのですから仕方ありません。が、あまりに難易度が高く、この先弾けるようになる気がしません。

さて、どうしたものか…
と考えていて、ふと思いついた事がありました。

実はプラスチックの柱を生産しているメーカーは複数あります。
長らくプロ用の柱として愛用されていた「富士一」の「白梅」と言う型番の柱は、かなり前にメーカーが廃業してしまい手に入らなくなっています。

プラスチックなので再生産は簡単かと言うとそうでもなく、原材料の配合や加えるタイミングは職人芸で成り立っているようで、同じ物は作れないそうです。

それにかなり近い柱が何年か前に「白象」というメーカーから「応龍」という型番で出ました。現状ではこれがプロ用としては最も使える柱のようです。
しかし「白梅」と全く同一ではなく、余韻が非常に長くなり、楽器を無理矢理鳴らしているような印象があります。

余韻が長いと手を離した時に音程が下がる音が聞こえるのでなかなか手を離せません。掛け押しが多いととんでもない事になります。

箏二重奏ソナタは昭和29年の作品なので、小野先生は絹糸に象牙柱で弾かれていた筈です。
私が絹糸で弾いたのは芸大受験のための数ヶ月ですが、弾いた後の減衰は比較的早かったように記憶しています。
そうだとすると、今のようにギリギリまでずっと押しっぱなしと言う事にはならなかったでしょう。
また、絹糸は現在と同じようなテンションで張ると切れてしまうので、もっと緩く張った筈です。

小野先生の意図を表現するために記譜どおりに弾くことに拘っていましたが、これだけ条件が違うなら、楽器が意図を再現できるように、弾き方の方を変えても良いかもしれないと思い始めました。

ようやく手が覚え始めたところなので、また振り出しに戻る事になりますが、仕方ありません。
こういう事からしっかり考えないといけないので、やはり難易度の高い、密度の高い作品は楽しいと感じます。

スパムメール

今朝、ドメインがdocomo.ne.jpの未知のメールアドレスから「おはようございます」と言うタイトルで

「お元気にされてますか?
久しぶりに一緒にお食事でも行ければと思っているので、時間があったら教えて下さい。」

と言う文面のメールが届きました。
署名はないので誰から来たメールか全く分かりません。
疎遠にしていた友人・知人に連絡を取る設定のようですが、それにしては名も名乗らないとは失礼です。
おまけに言葉遣いもおかしく、添削したくなります。若い人向けのスパムメールでしょうか?

放置していたところ数時間後に続編が来ました。
今度は同じアドレスから「お忙しい中すみません」と言うタイトルで

「実は来週ちょうど連休が取れそうなんですよね。
久しぶりにお会いしたいので予定だけでも教えてもらえますか?」

相変わらず署名はなく、友人からのメールだとしたらそれだけで失礼で不快です。
名乗らない相手に予定を教えろ?(怒)
だいたい来週のいつ連休が取れるのか具体的に日にちを言ってもらわないと返事のしようがありません。
こんなメール、本物の友人でも返信しません。

実際にこんな感じでスケジュール調整のメールを送っている方がいたら、相手に悪い印象を与えるので止めましょう。

このメールにはさらに続編があり、今度は体調を気遣う内容が来るそうです。
事実、数時間放置していたところ、
「返事がないけど何かありましたか?」
と言うタイトルで

「もしかして体調不良とか…。
心配なので返事だけでももらえませんか。」
と言うメールが来ました。

最初のメールの全文を入れて検索をかけたところ、数年前から観測されているスパムメールのようです。
私はdocomo.ne.jpでしたが、auなど他のキャリアメールのドメインでも送られているようです。
アドレスは簡単に偽装できますからね。

携帯各社のキャリアメールは、ウェブメールや独自ドメインのメールを受け付けなかったりとガードが不必要に固いのですが、こう言ったキャリアメールに偽装したスパムメール対策は後手に回っているようです。

返信していないので分かりませんが、メールアドレスの収集と、実際に使われているアドレスか確認する目的ではないかと思います。

そのうち文章も洗練されて、本物の友人からのメールと見分けが付かなくなると思います。

皆様、メールを送る際は必ず署名を入れましょう。


植え替えた唐印のその後

以前、死にかけた唐印を植え替えした話をしました。
その続編です。

最初に貰った時は鉢からはみ出さんばかりでしたが、数年で何となく小さくなり
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ベランダに出しっぱなしにいていたら冬場の霜にやられて死にかけてきたので、昨年春に植え替えました。
それがこちら。
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向かって右側の黒い鉢の方が元気でした。

ところが昨年夏の猛暑日の日、水をやった後にうっかり南側のベランダに出しっぱなしにしていたところ、黒い鉢が日光の熱を吸収して土の温度が上がり過ぎ、根が枯れてしまいました。

白い鉢の方はかろうじて生き残りました。
そちらの現在がこれ。
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鉢の中央に真っ直ぐに植えた筈なのに、いつの間に根が傾き、新しい葉っぱが出ています。

多肉植物は手入れが簡単と聞きます。
ところが!
・水をやり過ぎてはいけない
・冬場は水をやってはいけな
・雨に濡れると弱いので梅雨時は室内に入れる
・冬は寒さに弱いので日当たりの良い室内に入れる
・夏は暑さに弱いので明るい日陰に
・日光が足りないと葉が細長く変形する

調べたら結構繊細で大変なのです。

我が家は出窓がなく外出が多くて締め切っているため、日当たりの良い室内と言う条件はほぼ作れません。
お陰で冬の今は水を遣らず、夜は室内に取り込み、朝は日向に出し、家を空ける日は少し明るい玄関に置く、などなど何かと世話を焼いています。

南側は雨が吹き込みにくいので梅雨時は南側のベランダに置くとしても、問題は夏です。
鉢の温度が上がらないように北側のベランダに置くと、高確率でゲリラ豪雨に濡れます。
昨年は雨を避けて玄関にずっと置いていたら、日照が足りず葉が細長く変形してしまいました。

なかなか大変です。

全く!多肉植物は初心者向けなんて誰が言ったんでしょう!

知命

「論語」の「吾十有五にして学に志し…」以下の文が好きです。
振り返ると何となくその通りの人生を歩んでいて面白く感じます。十年単位の目標にもなります。

「志学」の10代は一恵先生に習うようになり、中学生の時には箏の道に進もうと決めていました。「志学」と言うよりは「志楽」ですね。

学問と箏と、ひたすら学ぶことに明け暮れた20代を経て、「而立」の30代はちょうど内弟子を出て独り立ちする時期でした。
しかし自立には程遠く、仲間の活躍を見てはそうでない自分と比較して、選んだ道が間違いではなかったかと不安になったり悩んだり、ブレブレにブレていました。

「不惑」の40代は、次第に自分のスタイルができて来て自信も付き、他人と比較して悩むことがなくなりました。それと共に人生の見晴らしがとても良くなりました。
また、四十歳になった年に何か新たに学びたいと考え、組歌を習い始めました。これにより古曲の理解が飛躍的に進みました。

そして今年はとうとう50歳。
「五十にして天命を知る」
「知命」の年です。

何年か前から、
「そうか、私はこう言う人生なんだな」
と言う納得感を感じています。
多分、子供の頃から「これが私にとって一番良い」と選択し続けた結果が「天命」なのだと思います。

50代は超絶技巧の曲に意識的に取り組みたいと思っています。
洞察力は深まるのですが、どうしても技術的には落ちて来てしまう年代です。

若い頃は気力も体力も時間もあるので、誰でも努力ができます。
その点色々な事に責任を負って忙しくなり、物覚えが悪くなり、体のあちこちにガタが来るようになると、何かと理由を付けてはサボりがちです。
若い時の努力より、年をとってからの努力の方が差が出ると感じるこの頃です。

少しでも進歩して長く弾き続けるため、初心を忘れず怠け心に負けない精神力を持ちたいです。

長く続けるって本当に大変!

長着と襦袢の袖丈の関係

最近不思議に思っていることがあります。

私の着物は方々から頂いており、若い頃は袖丈を特別長く仕立てていたこともあり、裄も袖幅も袖丈も様々です。
そのため着物を交換する際には長着と襦袢の裄や袖幅と袖丈の長さのチェックを必ずします。

ところがそうやってチェックしても、実際に着てみると合わない事が多いです。
特に袖丈が合いません。

例えばこちらの訪問着
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袖幅 34cm
袖丈 52.5cm
裄 69cm

そしてこちらの訪問着は
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袖幅 35cm
袖丈 52.5cm
裄 69cm

これに、袖幅33cm, 袖丈51cm, 裄68cmの半襦袢をあわせています。
袖幅は全然足りないのですが、他の袖丈52cmの着物の袖幅が33.5cmなので仕方ありません。

問題は袖丈です。
上の銀帯を締めている方の訪問着にこの半襦袢を合わせると、いつも袖丈が全く足りません。3cmほど差が付き、短い袖が長着の振りから飛び出すことになります。

一方、下の金帯を締めている方の訪問着は、5mmくらいの差にとどまり、ちょうど良いくらいになります。

長着の袖丈は同じなのに何故こんなに差が出るか不思議です。
もしかすると袖幅が1cm差がある分だけ抱幅も1cm差が出るので、その辺りで結果に違いが出るのかもしれません。

四半世紀着続けても、未だに謎の多い衣服です。

長周期地震動

長周期地震動というのをご存知でしょうか?
大規模な地震の時に観測される、地震動の中でも周期の長い揺れです。
ほぼ減衰する事なく震源から遠隔地に届き、堆積層などの軟弱地盤では増幅する性質があり、高層建築と共振して大きな被害をもたらすことが懸念されております。

私は長周期地震動を2回経験しています。
初めての体験はアマン東京の33階のメインロビーで演奏していた時です。開業してすぐの2015年の初め頃だったと思います。
ゆっくりとした幅のある横揺れで、揺れ自体はさほどでもなく高速エレベーターも止まらなかったので、スタッフもお客様も「揺れたねぇ」「高層階は揺れが長く続くねぇ」くらいの反応でした。私も「これが噂に聞く『長周期地震動』か」と思ったものです。
この時のレベルは確か2でした。地上の方が影響が大きく、演奏を終えて帰ろうと思ったら地下鉄のダイヤが乱れていました。

2回目も同じくアマン東京33階のメインロビーで、元旦の16:10過ぎ、能登半島で最大震度7の揺れを観測した時でした。この時もレベルは2でしたが、2015年に体験した時とはかなり違いました。

演奏を始めてまもなく、水を抜いている訳でもないのにロビー中央の巨大水盤がザワザワと音を立て始め、不思議に思って水盤を見ると、水盤の中央部分に細波が立ち始めており「地震が来るな」と思いました。

細波はすぐに高さを増し、次に砂浜に打ち上げる波のように外に飛び出し始めました。
いわゆるスロッシング現象というものでしょう。
東京では震度3でしたので緊急地震速報は鳴りませんでしたが、この時には地震である事がはっきり分かる大きな揺れになっていたのでロビーのお客様がザワつき始めました。
揺れは大きくゆったりとしていて、それが長く続きました。
音はあまりしなかったと思います。

水盤脇の席はまともに水を被ってしまうので、まずその辺りのお客様から壁際への避難が始まり、少ししてフロアの全てのお客様への避難指示が出たようでした。
館内放送で指示されたわけではなく個別にスタッフがお客様に対応したようで、お客様が全員壁際に立つまで指示があった事は分かりませんでした。

私はお客様とは反対側の大きな柱の側にいてデザイン的に天井からの落下物はお客様と条件が同じであること、周囲に倒れてくるような物がなかったこと、特に指示がなかったこと、揺れのピークが過ぎて収束に向かっていたこともあり演奏を続けました。
基本、演奏家は指示があるまで演奏を止めません。
「水盤があると揺れの様子が目視で分かって便利だな」
などと呑気な事を考えていました。

その後、ホテル側から演奏を止めるように言われたのは揺れがほぼ収まってからで、スタッフのいる壁際に行くように指示されました。

スタッフの方が用意して下さった椅子に座り次の指示を待つ間、色々考える事がありました。

私は仕事を始めた若い頃に
「何があっても指示があるまで演奏を続けろ」
と教えられてきましたし、そのような美談はよく聞く話なので自分の行動を特に疑問に思っていませんでした。

指示があるまで演奏を止めない理由は、お客様に不要に強い不安を与えるのを防ぎ、集団パニックを起こさせないためです。
お客様にとっては私達演奏家もスタッフですから、演奏を止めて避難を開始すれば強い不安を与えます。

一方で、非常事態であるにも拘らず演奏を続けると、正常性バイアスを誘発しかねないとも感じました。
お客様より先に避難するわけにはいきませんが、お客様の避難が完了した時点で一度演奏を止めると言う選択肢もあったと思います。

また、ホテルの宴会場での演奏は必ず企画会社が立ち会い指示を出してくれますが、アマン東京は毎日演奏に入るため立会いがいません。そうなると緊急時もある程度こちらで判断する必要があります。

私達は単発で演奏に派遣されるスタッフなので、常勤のスタッフのように避難訓練を受ける訳ではありませんし、建物の内部構造についても不案内です。
災害は地震だけではなく火災なども考えられますから、今後演奏中にこのような災害に遭ったときにどのように行動すれば良いのか予め取決めをしておく必要性を感じました。

新年の目標

松の内は過ぎてしまいましたが…
遅ればせながら、明けましておめでとうございます。
本年もよろしくお願いいたします。

昨年は本当に忙しい年でした。
お陰様で演奏会や演奏の仕事が戻ってきて、生徒さんの人数も増え賑やかになりました。
仙台教室では初めて単独でおさらい会を開催し、
久々に箏衛門のコンサートがあり、
沢井箏曲院本部研究室の勉強会もどうにかこうにか練習を間に合わせて出演しました。

さて先一昨年(2021年)のある日、私は弟にメールしました。
「今年はお父さん達の金婚式じゃない?」
弟はさりげなく調べてくれて
「来年だって」
と返事をくれました。

そして昨年(2023年)、珍しく弟から電話がかかってきました。
「一年遅れだけど、親父達の金婚祝いやらない?」

私「あれ?金婚式は今年だって言ってなかった?」
弟「そうだっけ?」
私「うん、前にメールくれたじゃん」
弟「それ、一昨年じゃないかな」

なんと前のメールのやり取りから2年経っていました。忙し過ぎて時間感覚がおかしくなっていたようです。

ということで、昨年暮れは
23日・24日に仙台でレッスンをし
25日に東京に戻り29日まで仕事とレッスンをし
30日に仙台へ行き松島のホテルで弟一家と共に両親の金婚式を祝い、
31日に東京にとんぼ返りをして
元旦は午前中からホテルで演奏
と言うスケジュールでした。

練習時間の確保がますます難しくなっているので、今年は昨年より練習時間を増やすことと、最近ご無沙汰ぎみの超絶技巧の曲に取組むことを目標にしたいです。
計画倒れにならないようにしないと…

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ゆうこ

福田優子箏(琴)教室
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